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OTON GLASSは、視覚的な文字情報を音声に変換することで、文字を読むことが困難な方の「読む」行為をサポートするスマートグラスです。視点と同一位置にあるカメラで撮影した文字を、文字認識技術でテキストデータに変換、音声として読み上げることで、ユーザーは文字情報を理解することができます。
OTON GLASSを開発した動機は、私の父の失読症でした。2012年に父が脳梗塞を発症し、言語野に障害が残りました。会話することには問題は無く、文字を読む能力だけが低下してしまいました。私は、この父の病気をきっかけに、「読む」ことをサポートするデバイスを開発することに決め、OTON GLASSを開発しました。
現在、父はリハビリテーションを通じて回復し、ほとんどの文字を理解することができるようになりましたが、開発を進めていくなかで、先天的に文字が読みづらいディスレクシアの方や、眼鏡をかけても視力が上がらない弱視の方と出会い、現在はその方たちにOTON GLASSを届けるべく活動を続けています。
開発にあたっては、まず最初に父を対象に、インタビューと行動観察を行ないました。どういったときに文字が読めずに困るのか、またその問題を父がどう解決しているのかを理解したうえで、解決方法をアイデアスケッチ、ビデオプロトタイプを制作しました。そして、プロダクトデザイナーとエンジニアに声をかけ、ワーキングプロトタイプを制作、父に「体験」を通して、私たちが考えている解決策を提案しました。父からのフィードバックを元に、新たなプロトタイプを制作し、ディスレクシアを抱えている5名の方に体験してもらいました。「文字を読み間違えることが多いため、音でダブルチェックをするために使いたい」「早く文字を読まなければいけないときに使いたい」というフィードバックをもらい、引き続きプロトタイプの改良を行っています。
https://blog.otonglass.jp/
プロトタイプはCADでモデリングし、3Dプリンターで作りました。OTON GLASSはRaspberry Piという名刺サイズのコンピューターで動いています。撮影された画像はGoogleの文字認識APIを用いて解析され、画像から文字を検出します。その文字をAmazonの音声合成APIで音声化し、ユーザーはその音を聞くことで内容を理解します。プロトタイプは現在進行形で変化し続け、常に実現する「体験」を更新しています。
川田 学
川田 学
人工知能の時代といわれる昨今だが、AIが他者の感情を理解したり、深く感動したり、やる気に溢れたりするのは、実は相当難しいらしい。今回のヤマハ賞「エモーションのスイッチ」は今ドキの技術を駆使して、人間らしい感情の領域に踏み込もうとする挑戦的なテーマだったのかもしれない。生活者にとって身近で切実な問題を解決したり、世の中をもっと便利にしてくれる道具の提案よりも、人々のエモーションを揺さぶるアート系作品が有利かなあ、なんて漠然と想像していたが、その予想は見事に裏切られた。「エモーション」を非言語コミュニケーション全般に捉えたり、脳波として計測可能と見なしたり、それは人間らしさだと考えてみたり。一方「スイッチ」は押す側からも押される側からも様々なアプローチが存在し、そのどれもが面白く解答の多種多様ぶりに感嘆の連続であった。そんな中で我々が最終的に選んだ作品がOTON GLASSである。意外に思われるかもしれない。結局ヤマハは音に関する作品を選ぶのか、と思われる方もいるだろうが聞いて欲しい。この作者は大変誠実に、突然の病いで文字解読が困難になった自分の“お父ん”の為に「その人が見ている文字を認識し自動で声に変換してくれるメガネ」を開発した。応募動画で「エモーションのスイッチ」を強調する箇所は全くなかった。しかしながら、読みにくい文字に目を凝らしているとき、自分の耳だけに声で語りかけられた被験者達の表情は輝いており、視覚と聴覚のミックスによる新たな体験とそれがもたらす心の動きに、我々は非常に大きな可能性を感じたのだった。大変に実用的な道具であり「楽譜を見たら歌ってくれるメガネ」にもなるだろう。「しっかり太い文字は威圧的に、小さな字は囁くように」情緒的に語ってくれるかもしれない。「大真面目な新聞記事を落語家のように聴かせてくれる」ことも可能だろう。漫画の台詞はどうなるだろう?と、ヤマハ技術陣の妄想は加速している。OTON GLASSに我々が加わることで一体どんな「エモーションのスイッチ」に発展するのか、僕は楽しみで仕方がない。
畑 紀行
畑 紀行
「エモーションのスイッチ」というテーマにうれしいことに多くの応募をいただけた。もう感謝しかない。個人的には世界中の日常をもっと楽しくしたいという野望があるのだが、そのタネになるようなスイッチを探していたのだと思う。OTON GLASSはそんな多くのスイッチ達の中で妙に異質だった。心に刺さったのは、OTONという完全に絞られたターゲットへ向けた価値提案の美しさ、そして大いなる愛情。これ以上無いくらいに分かりやすく実用的なそれは、非常に悩ましい存在だった。想定と違いすぎる。何しろもっとアーティスティックで難解なもののはずだったのだから。しかしこれを再解釈したい。世界中の日常をもっと楽しくするスイッチに化けさせたい。そんな想いもまた止まらなかった。気が付けば自分のエモーションのスイッチはカッチリと深く押されていた。