今年開催のYouFab Global Creative Awards2019(以下、YouFab2019)ではPanasonicをパートナーに迎え、特別賞としてNext STEAM賞を設ける。
Next STEAM賞は、Science=科学、 Technology=技術、 Engineering=工学、Mathematics=数学、Art=芸術の領域を横断的に学習する教育方針であるSTEAMに関連した成果を評価する賞で、則武里恵100BANCHオーガナイザーや近森基Plaplax代表取締役、林千晶Loftwork代表取締役、福田敏也777CreativeStrategies代表取締役が審査員を務める。
9月27日に開催されたイベントでは、審査委員の1人であるPlaplax代表の近森基氏と東日本大震災をきっかけに発足したグローバルボランティア組織Safecastの中核メンバーであるアズビー・ブラウン(Azby Brown)氏、エデュケーターユニットunworkshopの鈴木順平氏と元木一喜氏が登壇。学びに関する活動に携わってきた彼らだからこそ語り得るさまざまな切り口から、学びの実践/デザインについての議論が交わされた。
テキスト=秋吉成紀 編集=石塚千晃
自らの手と体を動かして体感すること
イベント冒頭では各登壇者が自身の活動についてレクチャーした。
まず、近森氏はPlaplaxが手がけた「デザインあ」展などでの、世の中のさまざまな仕組みへの観察眼を養う作品や抽象的なものに対する想像力を育てる体感型の作品などを紹介していく。
同アワードについては「これまでの活動においてSTEAMを意識してきたわけではない。STEAM的なことはもともとメディアアートやデザインの領域が行なってきたことだと思う。だからこそもう少し広くSTEAMというものを捉えて一緒になって考えられる人が見つかるといいなと思っている」と話した。
続いて、アズビー氏はSafecastの活動を動画とともに解説(詳細は下記動画参照)。参加の敷居を下げ周囲の人と協働で取り組む“コミュニティセントリック(community centric)”、適切なプロトコル・訓練・監督を備えた“非専門(anti disciplinary)”、現場で手と頭を動かすことで立ち上げる“市民科学(citizen science)”をキーワードに挙げながら、自らの手を動かすことの重要性を説いた。最後に「できないんじゃないかと思うかもしれないけれどもそれは間違っている。できる、本当にできる。アンビションということが大事ですよ」と自身のプレゼンをまとめた。
unworkshopの2人は過去に開催してきたワークショップの様子(詳細は下記動画参照)と共に、学びのデザインにおいて意識していることを語った。「既成概念のフレームを外すこと=“un”をつけることや見慣れたものでも五感を使っていじりまくることで本質に迫ることができる。それがよりよく生きていくために重要な学びになると思って活動している」(鈴木氏)。「現在、対話主体のアクティブラーニングが人気だが、大事なのは1人の中にある大切なものを内省したり、見つけること。1人1人の世界に没頭できるけれども、顔を上げると仲間がいる――そういう空間で学べるということが重要だと思っている」(元木氏)。
三者とも自らの手と頭を動かして体感することを活動の中心に据えているような印象を受けた。自分自身で実践することが学びにおいては重要なのかもしれない。
スコップ1個でも十分テクノロジー
各プレゼンを終えて、近森氏は自邸の庭づくりでの経験をもとにテクノロジーの意義について語る。
「例えばスコップが大きくなっただけでもできることが変わってくる、違う世界が見えてくる。スコップ1個でも十分テクノロジーだと思う。その延長戦上に様々な技術を特別視せずシームレスに捉えることが大切。基本的な考え方はブルーノ・ムナーリの「ファンタジア」(萱野有美 訳、みすず書房、2006)など、参照すべきものがたくさんある。そうすることでSTEAMがわかりやすくなるはず」(近森氏)。
近森氏の話から司会は、「学びにおけるテクノロジーの意義とは?」「テクノロジーは学びの間口をいかに広げていくのか?」という議題を提示した。
まず元木氏は、テクノロジーは好奇心をドリブンするものだと答える。テクノロジーを取り入れることで発想の広がりは変わると述べつつ、その発想を接続させるためにもテクノロジーを取り入れる段階については検討する必要があると話した。
自身の教育観はモンテッソーリ教育に影響を受けたと話すアズビー氏は、まずは目的を考えることが大切だと回答。教育機関がテクノロジーを取り入れる理由は予算が出るし宣伝になるためであり、教育自体への影響については疑問が残るとシニカルに指摘する。そこからテクノロジーの有無を問わず、他者とコミュニケーションをとりながら、自らの手を動かすことが大事だと持論を展開した。
内なる子供
司会は三者の活動から“原体験”を共通するキーワードとして見出し、原体験を生み出すために意識しているものはなにかと登壇者に問いかける。近森氏は、体験すること自体にハードルがあるためいくつかのステップをつくりつつまずは遊びたいという欲求を誘うようにしていると言い、その先にコンセプトの本質が垣間見えるような発見のポイントをつくることを心がけていると答えた。
アズビー氏は近森氏の発言を踏まえ、展覧会という特別な場に限った特別な体験として閉じてしまわないか?と質問。
近森氏は、特別な場所だから実現出来ている部分もあるため、全てを日常に持っていくことは難しいと前置きしつつ、一度体験することが大切だと話す。「一度そのイメージを持つと、日常の中でも別の見方で見えてくるようになる。その1つのフィルター、眼鏡をかけさせてあげることは展覧会の強みだ」と、アズビー氏の問いに答えた。
続けて司会から出た「ワークショップや展示の体験を日常生活に接続させるための要素とは?」という質問に対して、鈴木氏は共通言語が大事だと語る。「家は大抵の場合幼少期特に多くの時間を過ごす場。子供だけでなく、親も心から一緒に楽しいと思えるもの、子供と共通言語を持つことが家での学びの時間を考えた時に重要になるのではと思います」(鈴木氏)。
鈴木氏の意見に近森氏も同意し、「デザイナーは本気で自分たちが面白いと感じているものをつくっている。それだけのモチベーションが保てている部分もあり、ギャラとかは全然安い(笑)」と話した。
アズビー氏も続けて自分も仕事が楽しいという。自分の中にはいまでも子供が存在していると話し、教える側も楽しめなければ誰にも面白さを伝えられないと主張した。
彼らの意見を受け、司会は「もしかしたら人は子供から大人に変化したのではなく、子供と大人になっているのかもしれない。子供は自分の中にずっと存在していて、それを受け入れて認めることで大人も本気になれるのではないか」と話し、3者応答をまとめた。
従来の学校教育的な一方向的に教えるのではなく、同じ目線で一緒になって取り組む――大人も子供として考える姿勢が、Next STEAMを考える際に鍵になるのかもしれない。
学びと遊びの境界線
セッション終盤にさしかかった段階で、司会は本イベントのタイトルにもある学びと遊びの境界線について登壇者に疑問を投げかける。この質問に対して、元木氏は遊びの中で見いだせる楽しさが学びの大事な源泉につながると答え、近森氏も明確に分けられるものではなく遊びの延長線上に学びがあると、元木氏同様の意見を述べた。
最後に「気がついたら学んでいた状態になるために必要な要素は?」という問いに、アズビー氏は自分で発見する、行動するチャンスを与えること、それらが実現できる環境をつくることが大切だと回答し、鈴木氏は自分ごとであることが大事であり、教育者とては各自の価値観を承認することが必要だと答えセッションの質疑を終えた。
最後に近森氏は「STEAMに則っているのかなどを置いておいて、面白い考え方の作品や一緒に共創できるもの、ある種の問いかけになっているものなど、今後展覧会などを一緒にできる人を探したい。一つの可能性や広がりを見せてくれる作品を期待しています」とYouFab応募作品への期待を語り、会を締めくくった。
オープニングイベント同様(http://www.youfab.info/2020/youfab19openingeventreport.html?lang=ja)、テクノロジー論に展開することは少なく、軸となる考え方、デザインの指針に議論の重点が置かれていた。身をもって「できる」という経験を持たせること、それを生かして物事を考えられるような補助線を引くことが学びを誘発するためには必要なのかもしれない。
YouFab2019の応募締め切りは10月31日まで。興味関心を抱いた方は是非参加してみてほしい。