今年で8度目の開催となるYouFab Global Creative Awards(以下、YouFab)。開催を記念して8月31日に行われたオープニングイベントでは元WIRED編集長の若林恵・審査委員長と、2022年開催の「ドクメンタ15(documenta 15以下、ドクメンタ)」のアーティスティック・ディレクターに任命されたインドネシア・ジャカルタのアートコレクティブ「ルアンルパ(Ruangrupa dan Gudskul Ekosistem)」のメンバーであり、今年のYouFab審査員を務めるレオンハルト・バルトロメウス(Leonhard Bartolomeus以下、バルト)氏が登壇。テーマであるコンヴィヴィリアリティやアートが持ちうる可能性について、議論を繰り広げた。トーク中盤からは、KSK、1010、Japssyの3人からなるラップユニットMGFもトークに加わり、セッション終了後はライブパフォーマンスを披露し会場を盛り上げた。
テキスト=秋吉成紀 写真=Aya Suzuki 編集 = 石塚千晃
REPORTS
オープニングイベントレポート 「コンヴィヴィアリティー 古いOSと新しいOSのはざまから生まれ出てくるものとは?」
アートより友達
今年度のテーマは審査委員長若林恵氏によって「コンヴィヴィリアリティ – 古いOSと新しいOSのはざまから⽣まれ出てくるもの」が設定された。「コンヴィヴィリアリティ(Conviviality)」とは、オーストリア出身の思想家イヴァン・イリイチ(Ivan Illich)が提唱した概念で、日本語では「自立共生」と訳されている。(テーマについて:http://www.youfab.info/2021/about_jp.html?lang=ja)
若林氏は冒頭で自立共生社会を実現しうるツールとして期待されたインターネットが社会全体を覆う管理システムに成り果て、あらゆる活動がイデオロギーや制度に回収されてしまうようになった現在、人間の自立性をいかに取り戻せるのかを今一度考えるため、コンヴィヴィリアリティをテーマに設定したと語った。
イベント冒頭では、バルト氏は「LEARUN TO FAIL」と名付けられた1998年のジャカルタ騒乱前後のアーティストの活動に関するプレゼンテーションを披露。
政府による検閲下においてコンヴィヴィアルなツールとしてアーティストの自宅などのプライベート空間があり、そこでアーティスト同士が協同していたこと、政権交代後誰しもが表現のツールを獲得したことで公共空間に活動が拡散していったことなどを話し、コンヴィヴィアルな活動は相互扶助的な関係の中で育まれるオープンかつ変化を厭わない創造性と想像力の上に成り立つとまとめた。
YouFabに参加する意味合いに関してはサスティナビリティーなどのキーワードを挙げつつも、まずは他者に自身の脆弱性を晒しながら相互扶助的な関係を築くこと、その上で失敗を恐れないラディカルなアプローチをすることが大切だと語った。
スライドの最後には「アートより友達」という言葉が映し出される。活動自体の社会的な意義などを考えることももちろん重要だが、1つのコレクティブとして他者と連携する重要性を認識することがまずは肝心なのかもしれない。
バルト氏のプレゼンを受け若林氏は、日本に待ち受ける新たな社会システムの実装と運営という課題を考える上で、社会的制度が大きく転換したプロセスを経験しているインドネシアからは学ぶことが多いと感想を述べた。
社会的課題へのバッファとしてのアート
2019年7月に山口情報芸術センター(YCAM)のキュレーターチームに参加・着任したバルト氏。参加の理由として、異なるシステム・環境に身を置くことで生まれる葛藤や衝突、異邦人としての自身をさらけ出したことから生まれるコミュニケーションに興味があったと話す。
そんなバルト氏に対して若林氏は「アート」を偽装することで分断を生み出す手法が散見される現状に触れつつ、「アートの活動がソーシャルアクティビズムに接近する中で、アートであることの重要性はどこにあるのか?」という問いを投げかけた。
バルト氏は若林氏の指摘に同意しつつも、「アート」はコンヴィヴィアリティ同様に「他者とのコミュニケーションを盛り上げる性質がある」と返した。個人的な考えだと前置きしつつ、「アート」にはアーティスト自身の政治的信条の表明があってしかるべきで、それを受け取り手の誰しもが自由に解釈することができ、そこから他者とのコミュニケーションが生まれることにこそ、「アート」の意義があると答えた。
これを踏まえ若林氏は「公権力VS市民」のような単純な構図から「市民VS市民」の複雑な様相に変化した社会的分断に対してアートは有効たり得るのか?という問いをさらに投げかけた。
若林氏は問題を理解するための、そして足を止めて身近な地点から考えるためのバッファをもたせることがアーティストの役割であり、社会的なタメとしてアートが存在するのではないかとの意見を表明した。
これに対してバルト氏は「時間」が鍵になると主張する。問題理解には新技術の普及同様に一定の時間経過が必要で、そのための時間を持たせるべきではないかと話した。加えて自分を中心としたローカルな環境、グローバルな視点からではないミクロな範囲から身近な人々と対話し向き合うことも同様に大切で、そこからYouFabを通じて、自分自身がこの社会に貢献できるものを考え、思考するための時間を持たせることができるのではと、審査員として参加することの意義にも触れた。
「ドクメンタ」では「ルアンルパ」のこれまでの活動を踏まえつつ、テーマとしてきた「時間」という概念、それに開催地であるドイツの地域性やサステイナビリティーなどの課題意識を掛け合わせたものを目指すという。
即興で立ち上がったコンヴィヴィアルな空間
トークも終盤に差し掛かった頃、トーク後のライブセッションを控えたMGFがトークに参加した。以前は一般企業で働くサラリーマンでもあった彼ら。ミュージシャンとして活動する現在もサラリーマン時代に感じていたものと異なるある種の生きづらさがあると言う。
金銭面の困窮などを漏らしつつも、「僕らを死なすか生かすかは結構皆さんにかかっているので」とおどけてみせ、会場を沸かせた。こんなふうに、彼らに対して聴衆が応答することこそ、コンヴィヴィアルな関係なのかもしれない。
若林氏は彼らに独立したアーティストとして生き延びて欲しいと激励したあと、バルト氏の「オーディエンスとの共創関係はどのように築くのか?」という質問から、MGFのメンバーが会場からお題をもらいそれについて即興でラップで還すという展開に、会場が一体感に包まれた。
会場から出た“渋谷”“オリンピック”“気候変動”の3つのお題を見事にラップで返し会場を大いに盛り上げた。会場内にはまさにコンヴィヴィアルな空間が広がった。
バルト氏と若林氏のトークを経た後で聞くコンヴィヴィアルな活動の実践者とも言えるMGFのありのままの言葉は、それまでの2人のセッションの内容の理解を助けたのではないだろうか。
最後は会場からの質疑応答。応募が集まってほしい地域は?という問いに対し、若林氏は日本と答える。「いろんなものに無意識に依存して生きていて、それを疑い抜け出すことが難しい。それを意識的に考えることはかなりチャレンジングなこと。
日本は困難な状況にあるので、それを疑って抜け出るには思考のジャンプが必要なので期待したい」と、国内のクリエイターへ呼びかけた。
トークセッション終了後はMGFがライブパフォーマンスへと移った。
お酒を片手にヒップホップを聴くという従来のトークイベントにはない幕引きとなった。
本イベントではデジタルファブリケーションやテクノロジーに関する話題に直接言及する場面は少なく、前提としての思考の指針についての議論が展開された。「アートより友達」という言葉がまさに言い表していることだが、他者との密な関係を結び対話を重ねることがなによりも大事なのかもしれない。
YouFabの応募締め切りは10月31日まで。
相互扶助的に生活が営まれるようなありうべき社会を共に模索するために、ぜひ応募してほしい。
YouFab2019 応募詳細
http://www.youfab.info/2021/entryinfo_jp.html?lang=ja