世界10都市に広がるFabCafeネットワーク「FabCafe Global」が主催する、デジタルファブリケーション領域のグローバルアワード「YouFab Global Creative Awards 2017」。去る2月9日、同賞の授賞式が東京・渋谷「100 BANCH」にて開催されました。授賞式の模様をお伝えするレポート、後編をお届けします。
YouFab Global Creative Awards 2017授賞式、前編のレポートはこちら
(文=庄司里紗、写真=加藤甫、編集=鈴木真理子)
骨に秘められた知性に働きかけ、 無生物から生命の可能性を生み出す
授賞式の第二部では、グランプリを受賞したエイミー・カールさんによるプレゼンテーションが行われました。
スピーチの冒頭で「私たちは今、指数関数的に進化するデジタルテクノロジーによる第四の産業革命の途上にいる」と述べたカールさん。
「私は新しいメディアやテクノロジーを通じて作品を作るアーティストであり、サイエンティストです。しかし、テクノロジーはあくまでもツールです。大事なのは作品に至るまでの思考や過程であり、私はそのプロセスを通じて『人間とは何か』を問い続けています」
幼い頃から「骨の構造や美しい造形に魅せられていた」と語る彼女は、ガンによる母親の死、そして自身の出産という出来事を経て、この作品のインスピレーションを得たといいます。
「私にとって、骨は”死”のイメージと強く結びついた存在でした。ところが妊娠・出産のプロセスを通じて、命を支える構造の基盤という側面にも興味を抱くようになりました。やがて母の死と我が子の誕生という二つの出来事がループのようにつながり、骨が持つ”生”のイメージを追求してみたいと思うようになったのです」
当初、骨が作られる過程を忠実に再現した立体彫刻のような作品に取り組んでいた彼女は、あるとき「骨自身に自らをデザインさせる」という着想を得ます。「骨はたった2つの細胞から分化し、全身の骨格を形作る。私はそのプロセスに、人知を超えた骨自身のインテリジェンスを感じました。そして、その秘められた知性を作品づくりに活かそうと考えたのです」
こうして無生物から生命の可能性を生み出す「Regenerative Reliquary(再生可能な聖遺物)」のコンセプトが固まっていきました。デザインのモチーフには、人間のものであることが一目で認識できる手を選びました。
彼女はまず、バイオや生体材料の専門家の力を借りながら、培養の足場となる骨の格子モデルをCADで設計。しかし、この格子モデルは、細胞がしっかり増殖できるようスポンジに似た複雑な多孔質構造でなければならず、材料も高い生分解性を持つジェル状のものが必要でした。
Artist Amy Karle 3d printing bioprinting
「そのため格子モデルを3Dプリンティングする工程だけで、本当に長い長い時間を要しました」
完成した格子モデルに成人ドナーから採取したヒトの間葉幹細胞を植え付け、成長させる工程も「試行錯誤の連続だった」とカールさん。それでも彼女は「すべてのプロセスに多くの学びと発見があった」と力を込めます。
「今回は、結果的に新しい技術が生まれる成果がありました。さまざまな分野のスペシャリストとのコラボレーション、そして最新のデジタルマニュファクチャリングテクノロジーがあったからこそ、実現できたプロジェクトだと考えています」
さらに彼女は、自らの作品制作とそのプロセスが、より良い未来のためにどのように貢献できるかについても考えているといいます。
「私には肺移植が必要な難病と闘う幼馴染がいますが、移植には拒絶反応などの危険が伴います。でも、もし Regenerative Reliquary のアプリケーションが確立され、自らの体組織を使った臓器培養が可能になれば、より安全に移植することができます」
最後に、カールさんはスピーチを次のような言葉で締めくくりました。
「凄まじい勢いで進む技術革新が、今後私たちに倫理的な問題を突きつける場面も出てくるでしょう。しかし大切なことは、テクノロジーをどう使うか決めるのは常に私たち自身である、ということです。人間とは何か。私たちはどうすべきか。その問いの答えを、異なる専門分野を持つ人々と一緒に考えていく。それがテクノロジーをより良い未来のために活用する最良の方法だと思っています」
さまざまな「問い」に満ちたYouFab2017 を振り返って
イベントの第三部では、審査員の田中浩也さん、ジュリア・カシムさん、福原志保さんと、グランプリ受賞者のカールさんによるスペシャルトークが行われました。モデレーターは福田敏也さんです。
「今回は過去のYouFabとは明らかに違う」。トークの冒頭、そう断言した田中さん。「今回のYouFabで、ファブはもう”ものづくり”ではないと実感した。いよいよ第二章が始まったな、とワクワクしています」と、率直な感想を述べました。
美大で彫刻を学んだというカシムさんは、デジタル表現が偏重された20世紀末から21世紀にかけての状況を「とても辛い時代だった」と振り返りました。「デジタルファブリケーションは、デジタルにしか価値がないという風潮に風穴を開けました。今、若い人たちは手を使って作ることに再び関心を持つようになりました。これは重要なことです。なぜなら、ものづくりは必ず実存から学ぶ必要があるからです。デジタルファブリケーションによって、人間の内面の変化を外部に展開したり、外部にあるものを内在化させたりする双方向なベクトルが生まれました。ものづくりがロジックだけではなく、身体性を伴うようになった。外部化された人間性を取り戻す、いい時代になってきたと感じています」(カシムさん)
モデレーターの福田さんは「そういう意味では、人間も遺伝子というデジタルコードからファブリケートされた創造物」と新たな視座を示しながら、「デジタルファブリケーションによるものづくりへの回帰は、人間が再び肉体を意識し始めていることの証といえるのでは?」と独自の見解を投げかけました。
福原さんは、今回のYouFabの総評として「手指をモチーフとした作品が多かった」と指摘。「じつは指(ラテン語でdigitus)って、デジタル(digital)の語源なんです。ファブによってデジタルとフィジカルの融合が進む今、『生命とは何か』『物質とは何か』という問いについて、手指を使って作ることでしか向き合えない現実がある。今回のYouFabには、それが凝縮されていたと思う」と話しました。
「デジタルでプログラミングするだけでは絶対に予想通りにならないのがバイオアート。手を使って試行錯誤をする中で、初めて何かが見えてくる。その一連のプロセスにこそ、生命の神秘を感じる」という福原さんのコメントを受けて、カールさんが述べた言葉は、とても印象的でした。
「私が『再生可能な聖遺物』を作る際、制作チームのパートナーから「厳しい環境でも増殖しやすいがん細胞を使ってはどうか」と提案がありました。安全上の理由からその案は採用しませんでしたが、よく考えれば私の母はがんで亡くなったのです。もし、骨の格子モデルに植え付けたのが、彼女のがん細胞だったとしたら、何が起きたでしょうか。出来上がった作品は母の一部であり、同時に母そのものではないわけで、そこには生命に対する新たな問いが生まれたでしょう。バイオアートは、科学的なアプローチだけではたどり着けない未知の領域を開く力を持っていると感じます」(カールさん)
バイオアートについての話題の後は、今回の受賞作品の中の注目作について批評が行われました。例えば、審査委員長の田中さんは「今回最もRock だと感じた作品」として、台湾の大学生 Wei-Yu Chenさんによる「I’m evolving into a box」について言及しました。
「3Dプリンターなどのファブ機材をほとんど使わず、金属の箱に腕と脳(Raspberry pi)を付けただけという、従来のファブの文脈を打ち破る作品。生命のない金属の箱にAIを組み合わせ、箱が箱として機能するように学習させるという発想も素晴らしくて、一番「Rock It!」というテーマに近かったかな、と」(田中さん)
グランプリ受賞者のカールさんは、日本の若手デザイナーたちで結成されたプロジェクトチームVase to Pray Projectが制作した「祈る花瓶 -8.9Nagasaki-」を選出。長崎の原爆の熱で変形した瓶をスキャニングし、3Dプリントで再現することで平和を問いかける作品です。カールさんは「一目見ただけで、汚してはならない崇高な意味合いが込められていることが伝わってきます。ナイロン粉末造形の3Dプリンターによる造形のクオリティにも感心しました」と高く評価しました。
さまざまな「問い」に満ちた、今回の YouFab 2017 。国籍や年齢、バックグラウンドも多様な人々が作品を通じて発する「問い」は、互いに呼応しながらまた新たな「問い」生む。そして次の時代のイノベーションの種となって未来に紡がれていく。「そんな循環が、YouFabというフレームの中で醸成されている。毎年授賞式を経るたびに、そう感じています」。チェアマンの福田さんのそんな言葉で、今年のYouFabは締めくくられました。
2017年、ファブは単なる「ものづくり」という役割を終えました。今後は対極にあるもの同士をつなぐ、未知の中間領域を多数生み出していくはずです。YouFabも、日々進化するファブを駆使した「つくりかたの実験場」として存在感を増していくことでしょう。第二章を迎えたファブとYouFabの未来に今後も期待したいですね。